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      <title>世界のあたり前の家</title>
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      <description>世界のあたり前の家</description>
      <language>ja</language>
      <copyright>Copyright 2008</copyright>
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         <title>モロッコの住宅事情　“理想の庭”は至上のラクジュアリー</title>
         <description>「まずもたねばならぬものは、家。そして、それは最後に手放すべきものでもある。なぜならば、家は下界の墓なのだから」。
これは、モロッコの有名なことわざ。
そして家のなかでも最も重要な位置を占めるのが、中庭（パティオ）です。 中庭は家族団らんの場であり、思想と瞑想の空間であり、家のなかを自由闊達に行き来するためのパッサージュでもあります。
　
　イスラムの考え方では、庭は地上の天国と考えられています。乾燥しがちなモロッコでも、庭はまさにオアシスそのもの。たいていのパティオは、床がタイル張りで、幾何学的な形状です。中央に植物のためにささやかな噴水があり、水の音と小鳥のさえずりだけが静かに響く空間です。オレンジの木やスィプレなどの低木があり、ジャスミンや薔薇の香りが漂ってくる、そんな命の息吹きを感じさせます。そして、透かし彫りや鉄格子で光が遊んでいるようにみえる「光と影の空間」でもあるのです。

　こんな中庭は、モロッコでは何よりもの富裕の象徴です。高級車でもなく、広い家でもなく、ブランドのアクセサリーでもなく、素敵な庭。もちろん、金持ちでなければ理想の庭をもつことは至難の技ですが、庭がもてない人も、植木鉢や切り花で日常生活に多く取り入れています。中庭の植物の繁茂などは、壷やモロッコ絨毯などの雑貨のモチーフになったりしています。庭への愛着がさまざまなモノに反映されているのです。
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         <pubDate>Fri, 18 Jan 2008 18:58:15 +0900</pubDate>
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         <title>パリの住宅事情　　Loi 48　48年法</title>
         <description><![CDATA[戦後の経済成長にともなうインフレ期、不動産は急騰しました。そうした状況下、貸家に住むパリジャンが住居を失うことがないようにつくられた法律が“<span style="color:#F46C2F">ロワ・キャラン・チュイット＝48年法</span>”と呼ばれる住宅法です。持ち家がないパリジャンも、持ち家がある人と同様に、経済的に安定した生活を送れるように配慮されてつくられた法律です。経済的な格差社会を縮小するために有効な法として現在でも引き続き適応されています。

適用されるのは1948年9月以前に建てられたアパルトマンで、家賃は居住面積によって決定されます。賃貸期間は基本的には無期限。居住者に退去してもらうためには、最低でも数年前の告知が必要となっているそうです。家賃は、毎年7月に修正されますが、いくらインフレになったとしても、居住中の家賃を急に値上げすることはできません。家賃の上昇率は、年間に数パーセント未満であることと法律で決められているのです。ですから、通常のアパルトマンとは比べものにならないほど安く借りることができるのです。激安アパルトマンに住んでいるパリジャンがいたら、きっと48年法の恩恵をうけていると思ってほぼ間違いないでしょう。
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         <pubDate>Fri, 11 Jan 2008 17:06:26 +0900</pubDate>
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         <title>「一家7人で2DKに住む知恵」（ナビル・エル＝ギリ　モロッコ編）</title>
         <description>　ナビルは21歳の大学生。労働者階級に属する家庭の子です。
お父さんは車の整備士で、お母さんは繊維工場でパートタイマーとして働いていて、お兄さんが1人、双子のお姉さんが2人、妹が１人。合計7人家族です。

「7人で45㎡のアパルトマンに住んでいる」というので、足の踏み場がないような乱雑な空間を想像していましたが、整然とした2DKでびっくり。
　
　ナビルたちのアパルトマンは持ち家で、ここに住んで8年目になるといいますが、とにかくモノが少ないのです。
モロッコの家には比較的家具が少ないのですが、ナビルの家族は、7人で1つの衣装戸棚をシェアしています。一切無駄な衣服はありません。
モロッコ人は非常に清潔なので、まめに洗濯をしており、ナビルたちもいつも清潔感にあふれています。

「服のほかに、私物はどうしているの？」と聞くと、「ここに入れている」と、ナビルはもうひとつのクローゼットを開けました。
「この段が僕の棚なんだ」と指差した場所には、本が数冊入っているだけ。
禅の世界では「立って半畳、寝て1畳」といわれますが、修行僧も真っ青なシンプル・ライフです。

――プライベートは家にはあまりないな。ひとりになりたいときは、カフェにいくよ。カフェで本を読んだり、勉強しているんだ――

　家には、ベッドらしきものは1つしかありません。ナビルたちがどこに寝ているのかといえば、それは、ソファの上。昼間はソファとして使用されている幅が広めのマットレスは、夜はベッドになるというもので、サロン・マロカンと呼ばれています。</description>
         <link>http://www.atari-mae.com/column/sekai-atarimae/2008/01/72dk.html</link>
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         <pubDate>Fri, 04 Jan 2008 20:48:29 +0900</pubDate>
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         <title>「羊飼いたちの石の家」（ナイマ、モロッコ編）</title>
         <description>　石の家に住むナイマたちの家は、土の家のミナたちの家から車で10分ほど離れた場所にあります。やはり、塀で囲まれた小さな村に囲いがされ、こちらには10世帯が住んでいます。
村の基本的な構造は土の村と同じで、共同台所とハマムが敷地の中央にあり、井戸から汲んできだ水が台所のそばに置かれています。
彼女のクサール（集落）もミナのクサールと同様に立ち退きするように命令されています。

――立ち退きといっても、どこに引っ越すかわからない

とナイマのパパは悲しげに遠くを見つめていました。


　ナイマの集落には、都会では消えつつある生活習慣が残っていました。
たとえば、3度ではなく、一日4度の食事。オオムギのスープで朝をスタートし、10時ごろに甘めのミントティーとビスケット、昼食のタジンヌ。
夕方の軽食（お米や麺などの消化によいもの）。週に１度のスーク（市場）での買い物はもっぱら父親の仕事です。

　ミントティーは、甘すぎるほどに砂糖を入れます。茶葉は、中国から輸入した「珠茶」。火薬のような形をしているので通称「ガンパウダー」と呼ばれていますが、緑茶です。

　19世紀にイギリスの東インド会社経由でモロッコにもちこまれまたものなので、実はモロッコの古い「伝統」ではありません。強く焙煎され、かなり渋みがあります。これに葉の付いた生ミントの茎を折って入れ、砂糖をどっさり入れ、火にかけてぐらぐらと煮立てたものがミントティーです。

　また、日本や中国とは違って、できるだけ高い位置からポットのお茶をコップに注ぐのがミントティーの作法。泡が多くたてばたつほど、上質なお茶とされていますが、その信憑性は…。</description>
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         <pubDate>Fri, 28 Dec 2007 20:40:19 +0900</pubDate>
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         <title>「生まれ変わったリヤド」（クロード・ジェローム、モロッコ編）</title>
         <description>　クロードは、フランスのラジオ局で長い間にわたって政治レポーターを担当していた知的なフランス人女性です。3人の息子さんが成人して巣立ったことをきっかけに、4年前、太陽を求めてパリからタンジェに引っ越してきました。彼女が見つけた家は、旧市街（メディナ）のど真ん中。タンジェのメディナは、フェズやマラケッシュのものに比べたら小規模なのですが、それでも迷路のように複雑なことには変わりありません。

　
――マラケッシュなどと違って、タンジェのメディナのなかには、大きな家は数少ないのよ。
だから、不動産屋にリヤドが売られているという情報をもらったときは興奮したわ。

でもね、この家、とうてい人が住めるような状態ではなかったの。
もともとは裕福な家族の持ちものだったのでしょうけど、メディナのなかに住むということが、モロッコの人にとっては流行遅れだったのよね。
伝統的な屋敷を修築することは、新しい家を建てるよりもお金と時間がかかるものだし、水や電気などのインフラも不充分なので、モロッコの若い人たちは、メディナを捨て、郊外に現代風の家を建てて住んでいるの。

それで、長い間、誰も省みなかったこの家は、幽霊屋敷みたいな状態になっていて。
でも、私にはピンとくるものがあった。手をかければ、素敵な家に再生できるって確信があって、即座に契約したわ。

まず最初にしたことは、朽ちた建材を捨てること。400・近い広さのある古い屋敷だったので、なんと、1トントラック54台分のゴミがでたわ。


こう言いながら、クロードは、購入したころの家の写真を見せてくれました。修築には、住めるようになるまで１５カ月を費やしたといいます。</description>
         <link>http://www.atari-mae.com/column/sekai-atarimae/2007/12/post_3.html</link>
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         <pubDate>Fri, 21 Dec 2007 20:17:48 +0900</pubDate>
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         <title>「おとぎの国の漁師の家」　（1）</title>
         <description>モロッコは、北は地中海に、西は大西洋に面した海洋国です。1年を通して貿易風（アリーゼ）に撫でられるこのエッサウィラを最初に愛でたのは、紀元前のフェニキア人。その後、大航海時代にはポルトガル人たちに「モガドール」と名づけられ、新大陸への寄港地として賑わいました。
　この町は、モロッコ人が「1度は行ってみたい」と憧憬する町でもあります。また、「グナワ」と呼ばれるモロッコの伝統音楽集団の出身地であることや、画家や彫刻家などの現代芸術家の多く住んでいることでも知られています。エッサウィラという名前は、モロッコの言葉で「美しく整備された街」という意味で、フランス統治時代に都市整備されたのが名前の由来です。
　1960年代に、ジミ・ヘンドリックスがこのエッサウィラを気に入り、隠れ家にして住んでいました。それからというものの、世界からアーティストたちがこの町にやってきてアトリエを構えるようになりました。フランスからやってきたヘア＆メイクアップアーティストのジョエルもそんなひとりです。10年ほど前に雑誌撮影のために訪れて一目ぼれをしてしまったという彼は、2度目にやってきたときに、朽ち果てて半ば廃墟と化していた漁師の家を買うことを決意しました。修築が終わった彼の家は、まるで、おとぎの国。「モロッコ版・不思議の国のアリスの家」と呼ぶにふさわしい、キュートで幻想的な世界をつくりあげました。</description>
         <link>http://www.atari-mae.com/column/sekai-atarimae/2007/10/1_1.html</link>
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         <pubDate>Wed, 10 Oct 2007 20:46:24 +0900</pubDate>
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         <title>マレの屋根裏、典型的なギャルソニエ（１）</title>
         <description>「同棲していた彼女と別れてしまった」というアントワーヌ。突然家を出て行く羽目になり、マレ地区にある小さなギャルソニエをとりあえずの仮住まいをする羽目に。ここは、最上階のいわゆる「女中部屋」で、２４平米のワンルーム。パリでは、１９世紀までは、メイドやお手伝いさんの住む場所は屋根裏でした（ちなみに、２０世紀入ってル・コルビジェなどに代表されるような近代建築ができると、女中たちの住処は最上階から、最下階へと移ります）。
このアントワーヌの部屋のような最上階の女中部屋は、屋根のすぐ裏にあるので、冬は寒く夏は暑いのが難点なので、他階よりも断然、家賃は安いのです。でも、窓やヴェランダからの眺めは最高で、アントワーヌのヴェランダからは、屋根伝いに散歩する猫や、セーヌ川、それに教会のシャペルなども見えます。彼は、毎朝、ヴェランダにビーチ用の白いプラスティックの椅子を並べ、ここでコーヒーとタルティーヌの朝食をとっているというから、なかなか優雅な独身生活。
「料理？　スクランブルエッグぐらいだよ」という彼の部屋には、お鍋がひとつ、フライパンもひとつ。ご覧のように、キッチンというよりも、流しにコンロを置いただけのキッチンコーナーですが、一応、お客さんが来たときには、天井から吊る下げた簾ロールでコーナーを隠す配慮もされています。
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         <link>http://www.atari-mae.com/column/sekai-atarimae/2007/09/post_2.html</link>
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         <pubDate>Mon, 17 Sep 2007 18:23:14 +0900</pubDate>
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         <title>異国文化をポップにアレンジした創造空間　パンさん一家</title>
         <description>「Le Petit Pan（ル・プティ・パン）」というパリ発の人気子供ブランドをご存知ですか？　フレンチ・シノワなキッチュな子供服と雑貨をリリースしているミリアムは、ベルギー出身のデザイナー。「パン（藩）」というのは、彼女の私生活のパートナーの苗字です。
美術の先生だったミリアムは、ある日、ブリュッセルで開催されていた中国伝統工芸の展覧会で、山東省の可愛い手づくり凧に出会って一目惚れ。そして、その凧をつくっている職人の藩さんと出会い、やがてふたりは小さなファミリーと服飾ブランドを同時に立ち上げました。
そんなミリアムと藩さんは、ふたりのお店「Le Petit Pan」の本店が一階に入っている同じ建物の中にあるアパルトマンに住んでいます。独身時代にミリアムがひとり暮らし用に購入したアパルトマンだけに、エミール君、テオ君、パブロ君とお子様たちがつぎつぎと生まれるとアパルトマンは手狭になってしまい、自宅の裏手に大きなアトリエを借り、アトリエと家とお店を結ぶトライアングルを往復して暮らす日々が始まったのです。</description>
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         <pubDate>Fri, 03 Aug 2007 22:31:36 +0900</pubDate>
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         <title>レタージュ・ノーブルに住むという悦楽　クリスティーヌ・デムラン（1）</title>
         <description>クリスティーヌは、建築ライター。大人向けの建築専門書籍から、子供にわかりやすく建築を説明する絵本の執筆まで、実に幅広く活躍している建築ライターです。そして、フランスや海外で大活躍している建築家であるベルナール・デムラン（Bernard Desmoulin）さんの奥様でもあります。

ベルナールさんは、サルブールの郷土博物館や、在メキシコフランス文化館などの設計、パリのアールデコ美術館のセノグラフィーなどの設計を手がけてきた実力派建築家です。建築通の二人は、つい最近パリの一区に引っ越してきたばかり。それまでは、パリの郊外にある前衛モダーン・ヴィラ《エンヌビック邸》に住んでいました。

彼らが住んでいたヴィラをつくったのは、フランソワ・エンヌビック（1842-1921）。19世紀から鉄筋コンクリート建築を誰よりも早く手がけたパイオニア的建築家であり、鉄筋コンクリートによる建築法を世界40カ国以上に普及させた実業家でもありました。エンヌブリックは、1882年にはコンクリート建築のパテントも取得しています。

彼女たちが住んでいたこの《エンヌビック邸》は、1901年の作品。「現代建築の祖」と言われているル・コルビジェよりも30年以上も前の作品ですから、ずいぶん先見の明があったと認めざるをえません。

「花と光と風」がエンヌビックの建築のイメージだったので、屋上庭園と温室、そして40mの高さの給水塔もこのヴィラには設置されていたそうです。とにかく、19世紀を代表するモダーン空間に住んでいたわけですから、建築家としてこれにまさる悦楽はないでしょう。</description>
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         <pubDate>Sat, 21 Jul 2007 00:00:00 +0900</pubDate>
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         <title>エッフェル塔工場の記憶と住む  ナタリー・レテの家　パリ6区　その1</title>
         <description>パリで、そしてNYでも活躍中のクリエーター、ナタリー・レテ。日本では、子供服「ムチャチャ」とのコラボレーションや、発売されたばかりの書籍『ナタリー・レテのAtoZ』（ジュウ・ドゥ・ポゥム出版刊）などを通じて、フレンチ通の人たちに知られています。今回は、そんななナタリー・レテの家をご紹介します。

お母さんのナタリーは雑貨アーティスト。お父さんのトマは有名な現代美術作家。アンジェルちゃんとオスカー君はモデルとして活躍している小学生。
一家4人は、かつてエッフェル塔がつくられていたという工場に住んでいます。ここは、パリ東部に隣接するイヴリー・シュール・セーヌ市。現在はクリエーターたちが住む自由な空気に溢れる郊外（サバービア）。つい50年ほど前までは産業が盛んな工場地帯でした。

ところが、安い労働力を求めて企業が海外へ進出していった1980年代になると、工場は無用の長物と化してしまい、解体される運命にありました。そんな工場を救ったのがピエール・ベルトーという変わり者のデベロッパーです。「かつての工場の記憶を現在につなげていきたい」と、この地区の工場を次々に買取ったベルトー氏は、工場をクリエーターや自由業の人たちのためのロフトとして再生することを提案します。

その提案に応えて多くのクリエーターたちが集まり、廃墟の工場は見事なクリエーター村に生まれ変わったのです。ナタリーとトマも、バウハウス的な無機質さが息づいているシンプルな建物が気に入って工場の一部を分譲購入した一家族です。

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         <pubDate>Thu, 05 Jul 2007 03:38:08 +0900</pubDate>
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